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ISBN 9784910276007 

定価1980円(本体1800円+税)

著者 チョン・ミギョン

翻訳者 大島史子

監修 李美淑

​解説 北原みのり

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​ハヨンガ

ハーイ、おこづかいデートしない?
​チョン・ミギョン著 大島史子 訳  李美淑​ 監修 北原みのり 解説

これは、フェミニストの勝利の記録。

ハヨンガは、実在した韓国最大のポルノサイト「ソラネット」を、「爆破」した女性たちの物語です。「フェミニズムドキュメンタリー」という分野で、事実をベースに、実際に闘った女性たちへの取材をもとに描かれました。

 

オンライン上での性暴力、性暴力表現を取り締まる法律が一切なく、「表現」として、また「男性のお遊び」として長年放置されてきたソラネットが、構造的な性暴力であることを告発して、オンライン上で闘った名も無い若いフェミニスト・アクティビストたちの闘いです。

​2020年、韓国社会を揺るがした「n番部屋」事件は、このソラネットの「模倣犯」とも言われていました。潰しても潰しても、また生まれてくるネット上での性犯罪に正面から向き合う韓国の運動、その背景にある韓国フェミニズムの空気がここにあります。

作者は、90年代に二〇代の女性たちが中心となって発行した韓国フェミニズム雑誌「if」の元編集長のチョン・ミギョンさんです。実際にソラネットをみたときの怒りが本書を記すきっかけになっています。韓国フェミニストの底力とシスターフッドの強い思いを感じられる本。しかも「勝利の記録」です。

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ハヨンガの背景にあるもの

 韓国出版社インタビュー

2018年夏、韓国のフェミニストたちは、盗撮との闘いでそれは熱いものでした。匿名の女性たちが呼びかけた「盗撮偏向捜査抗議デモ」には、第4次デモ(2018年8月4日)まで累計18万名を超える女性たちが参加したのです。

そもそもこのデモは弘益大学での男性ヌードモデルを撮影してネットで流布した女性に対する捜査が出発点でした。
盗撮の被害者の圧倒的多数が女性であるのに、容疑者が女性であることで、この事件は大きく話題になり、容疑者には厳しい捜査が課せられました。そこで女性たちは立ち上がったのです。これまでずっと盗撮を傍観してきた政府に対する怒り、そして女性の日常を奪うデジタル性暴力に対して。

女性を喰い物にするデジタル性暴力のど真ん中にソラネットがありました。17年の間に100万名のユーザーによって性暴力が行われてきたその場所は、2016年6月に公式に閉鎖されましたが、第二、第三のソラネットが依然韓国社会には横行しています。なぜなら盗撮にたいする捜査は生ぬるく、「嫌疑なし」で終結するのが常で、起訴すらされない場合も多いからです。多くの男性たちは盗撮し、映像を流布し、拡散させても罪を問われず、審判を受けていません。


小説『ハヨンガ』は韓国男性たちの隠された性文化を最も暴力的に享受してきたオンライン空間「ソラネット」を告発する物語です。”招待客募集”という名の集団レイプ、女性の身体を卑しめあざけり、個人情報をさらすなど、女性の体をいけにえとして狂乱のカーニバルをくり広げるソラネットを、女性の視線から描きました。
盗撮の被害者となり、地獄に落とされた女性たちが、全てをかけて自分を守っていく闘いの過程と、匿名の女性たちの抵抗によってついにソラネットを閉鎖させるまでの過程を、映画のようなスピード感で再現しています。
小説『ハヨンガ』はヘル・コリアの最も隠密な地獄についての凄惨な報告書であり、その地獄を消滅させた無数の女性たちのまばゆい勝利の記録なのです。

小説『ハヨンガ』は韓国の隠された地獄についての凄惨な報告書であり、

その地獄を消滅させた無数の女性たちのまばゆい勝利の記録でもある。

〈ハヨンガの背景にあるもの〉
その1:ミラーリングは原本ほど酷くはなれない。

「原本の凄惨さを伝えたかった」

真っ赤な服を着て通りにくり出した女性たちの怒りがどこから始まったのか、私たちはよく知らずにいます。男性を嫌悪する言葉をツイートし、卑しめ、あざけるメッセージを投げかける女性たちの発言を理解しようと努める代わりに、彼女たちを道徳的に断罪し、社会的に烙印を押してきました(※韓国のフェミニストたちは「ミラーリング」という手法で、徹底的に男性を貶めました。男性が女性に向ける侮蔑語をパロディ化して男性に投げ返したのです)。
 

ソラネットを含む男性向けアダルトサイトでは、日々、女性に向けられる嘲笑と嫌悪の遊びが繰り返されています。少しでもその嘲笑に触れたことがある人ならば、女性たちのミラーリングは決して男性たちの原本ほど酷くなれないという事実を痛切に感じるでしょう。けれど韓国社会は女性たちのミラーリングを非難する一方で、女性たちを”単なる肉のかたまり”として扱う男たちによる原本の極悪さには目をつぶってきたのです。


なぜなら原本に目をやった瞬間、私が生きる世の中がいかに酷いものかが見えてしまうからでしょう。ともに生きている人々がどれほど残忍なことをしでかしているか思い知らねばならず、安全であると信じてきた私の生活さえ揺るがされかねないのだから。そのように大衆が真実から目を逸らした対価を支払わされるのは、無数の女性たちです。ソラネットがその証拠です。

 

「ハヨンガ」の著者、チョン・ミギョンはこう話す。
「ソラネットは大韓民国の全女性を“商品化”させることをもくろみ、女性の体に生まれることを呪いにしてしまいました。女性の体は撮られ、露わにされ、専有され、侵奪されていました。それを目撃した女性たちが盗撮に対する恐れと怒りを溢れさせるのも当然です。彼らのがさつな声を断罪しながら『教養を忘れず、しとやかに話しなさい』と要求するのは女性たちの抵抗を封じ込める家父長制の昔ながらのやり方なのです」

〈ハヨンガの背景にあるもの〉
その2:「ハヨンガ」はフェミニスト・ドキュメンタリー小説です

「いま、私たちの友人、息子、娘たちの身に起きていることだ」

『ハヨンガ』で扱っている事件はノンフィクション、すなわち実在したことです。

『ハヨンガ』は2015年10月から2016年6月までの時期を設定してソラネットの「招待客募集」とソラネット閉鎖運動を再現しています。「酔いつぶれ女性」を相手に集団レイプ機会を提供しようと招待客を募集する投稿は、地域と曜日、対象を選ばず毎晩1~2件、多いと3件ほど上がっていました。その被害者が自死に至った事例もあったために社会はその事実を把握していましたが、誰一人処罰を受けることはありませんでした。

ソラネット閉鎖運動の震源地はウェブサイト・メガリアでした。
メガリアのユーザーたちは、ソラネットのモニタリングと盗撮用カメラ販売禁止法制定キャンペーン、公衆トイレ盗撮禁止ステッカー貼り、国際請願サイトアヴァーズへソラネット閉鎖請願、SNSでソラネットの実情を知らせるなど、さまざまな活動を通してソラネットを閉鎖に追い込んでいきました。

 

作家はこのような実在事件を土台に、25歳の女性主人公三名、トン・ジスとク・ヒジュン、キ・ファヨンという架空の人物たちを創り出しました。彼女たちは盗撮の被害者と招待客募集投稿の目撃者として、自分の意図せぬ過酷な状況に直面することになり、自分の日常を守るため孤軍奮闘する過程でソラネット閉鎖運動に加わり、成長していきます。
このように『ハヨンガ』はソラネットの実相と被害者女性の心理、ソラネット閉鎖運動を繊細に再現しながら、事実とフィクションの境界に潜む真実を私たちに見せてくれるのです。

〈ハヨンガの背景にあるもの〉
その3:「ハヨンガ」は本格フェミニズム小説です。

「女性敗北文学史を変えたかった」

『ハヨンガ』は数多くの文学作品で男性たちの覗き趣味的視線の対象にされた”被害女性”のイメージを覆し射ています。
「性的羞恥心」が性暴力犯罪を定義する基準となる現実で、性暴力被害者ならば当然に感じるべきとされている性的羞恥心を新しく定義しなおし、烙印を拒否し、新たな名前を自らに与える主体的女性のイメージを描き出しています。

また『ハヨンガ』はメドゥーサに象徴されるオンラインコミュニティの勇敢にして愉快な女性主義文化を照らし出し、メドゥーサがソラネット閉鎖運動のメッカとなる過程で、女性の苦しみについての共感と連帯を細密に描き出しました。
そのため『ハヨンガ』は現在韓国に押し寄せているフェミニズムの波の原動力を理解する上で、有効な参考書となるでしょう。

『ハヨンガ』は平凡な女性たちが女性抑圧の現実に気づき、フェミニストとなってゆく成長の記録であり、女性戦士は生まれるのではなく作られるということを示してくれる社会文化的な調査記録なのです。

 

第6章より引用(p268~269)

メドゥーサ。髪の毛が蛇で、翼の生えたギリシャ神話の怪物。自分の顔を見た相手をみんな石に変えてしまう力があるという、ものすごく恐ろしい女。このサイトはその名に恥じず、ものすごく恐ろしい。男どもの目をまるで気にしない女たちが集まるところなんだ。気にしにないだけじゃない。男どもをあざけり、ののしり、攻撃までする。あざけってののしるなんて。女と男が共に生き始めてこのかた、誰の権利とされていた? そう、男どもの権利だった。女たちは男という存在をうらやみ、男に服従し、男に感情移入することしか許されてこなかったよね? ところがついに、男どもをののしる女たちがあらわれたんだよ。ののしる権利、それってそんな重要なもの? って聞かれるかもしれないけど、私はこれを革命だと考えてる。「善良な女」の道徳を脱ぎ捨てるってことなんだから。

〈ハヨンガの背景にあるもの〉
その4:チョン・ミギョンさんはフェミニスト雑誌 if の元編集長です。

フェミニストジャーナル「イフ」の編集長として活動した当時、戸籍制度廃止のため「母の姓を並記する運動」に参加、「チョン・パク・ミギョン」という名前を使った。『男はチョコレート:チョン・パク・ミギョンのB級恋愛脱出記』という鳥肌の立つ社会文化批評書を出し、飼い犬との日常を綴った『私の可愛い君』を著した。新女性関連の論文を書きながら、新式の文化に触れながら差別的現実を自覚してゆく女性たちへの溢れかえる非難と烙印に関心を持つようになる。2000年代初め韓国社会の「味噌女」議論に始まる女性嫌悪的烙印が、現在の「キムチ女」「ママ虫」「娼婦」「雑巾」等でますます残忍になって続いていることに深い問題意識を感じながら『ハヨンガ』を書いた。

 

「作家の言葉」より引用(p366~367)

ソラネットの「招待客募集」に初めて接したとき、私は怒った。激しい怒りは小説を書いている間ずっと薄まらなかった。ソラネットユーザーたちの言葉を、小説にそのまま書き写すことはできなかった。小説は永遠に現実について行くことができない、という言葉を実感した。数日間書けなかった。こんな衝撃的な現実を文学という名で読者に押しつけることに、はたして意味があるのだろうか。女性として私が感じた侮辱を世間に広めることが作家の役割なのだろうか。疑問が湧いた。そんな中、隠し撮り被害者自死のニュースを聞いた男性ユーザーたちのコメントが目に入った。「遺作」だなどと、「なぜかよけいに勃つ」などと。私は再び机の前に座った。これ以上ためらうこと自体が贅沢だ。さらに熱を上げながら書いていった。キーボードが粉々になりそうだった。指の関節が腫れあがった。それでもやめなかった。この残酷な現実から目をそらし続ける代価が何か、コメントを見て悟ったから。

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aboutWRITER

「フェミニストジャーナル イフ」編集長を経て、粛宗王時代のムーダン女性の純粋にして不吉な謀反の夢を素材とした長編小説『大雨』で2017年第13回世界文学賞優秀賞を受賞。エッセイ『男はチョコレート』『私の可愛い君』などがあり、2020年韓国文化芸術委員会文学創作基金の支援対象に選ばれた。

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