ネットの暴力に反撃した韓国の女性たち           

更新日:6月10日

大島史子(韓国/朝鮮語翻訳者)









●「けしからん」文化の正体とは?

 「男は虫けら」「クソ野郎」……ネット上とはいえこんな(実際はもっと汚い)言葉で男を罵る女性たちがいると聞いたら?


 「けしからん!」というのが韓国社会の反応だったが、正当な叱責とは思えない。彼女らを非難する人々が見ようとしない背景、あるいは許容している、それこそ「けしからん」文化があるからだ。   


 『根のないフェミニズム フェミサイドに立ち向かったメガリアたち』(キム・インミョンほか著、拙訳、2021年、アジュマブックス)は、そんな「口の悪い」女性たちが自らの戦いを振り返ったエッセイ集。


 ネットの世界は露骨な女性蔑視と女性への暴力に溢れている。男たちはゲームでもするように女性を攻撃し、もの言う女性を暴力的に黙らせる。なぜ男性にそんなことができるかというと、女性は反撃できないと信じていたためだ。生意気な女がいても性的に罵ってやればいい。そうされた女は恥じ入ってその場を去るものだからと……ところがどっこい。


 書名にある「メガリア」は、匿名の女性たちの会員制オンラインサイトだった。会員たちはあえて男が女を罵っていた言葉で男たちを罵った。冒頭の言葉はもともと男たちがネットで当たり前のように使っていた「女は虫けら」「クソアマ」等々を裏返しただけだった。もちろん男から女への性的な罵り(具体的には書きたくない)も見事にお返しする(具体的に書きたいがここでは書けないので、どうぞ本書をお読みください!)。


 男たちの言葉の暴力はネット開設以来の「文化」として許容されてきた。当たり前すぎてあえて問題視もされないほどだ。ところが、女性が逆襲したとたん、ネットはもちろん大騒ぎ、大手メディアまでこの「問題」を報道し始めた。


 メディアの論調は「女性を罵るのも問題ですが男性を罵るのも問題です」と、さも「どっちもどっち」のような言いぐさだったという。そうして暴力に抵抗する女性をなだめ、ひどい場合は女性たちの反撃の言葉ばかりに注目して非難し、元の男性の暴力はまるでないことのように扱った。ネットの事情を知らずにそんな報道を真に受けた市民たちは「けしからん女たちがいたものだ」と、やはり女性を非難した。中には「女がそんな汚い言葉を使うはずがない。メガリアは男たちだ」と信じ込む人までいたという。


 根底には「男が女に暴力をふるうのは当たり前だが、女が反撃するのは非常識なこと」という女性差別意識がある。匿名に隠れ過激を極めたネット上の女性への暴力は、いうまでもなく現実社会の女性差別、女性への暴力あってのものだ。



●ネットを通じた性暴力


 女性たちが反撃せざるを得なかった、男性からの暴力とはどんなものだったのか。その最たるものが「ソラネット」だろう。


韓国のドキュメンタリー小説『ハヨンガ ハーイ、おこづかいデートしない?』(チョン・ミギョン著、拙訳、2021年、アジュマブックス)に詳しいが(ちなみに本書に登場する会員制サイト「メドゥーサ」はメガリアをモデルにしている)、ソラネットは会員制の巨大アダルトサイト、実態は盗撮映像投稿サイトだ。通りすがりの女性からクラスメート、同僚、姉妹、妻や恋人、娘までターゲットに裸や性関係を盗撮し、共有し、会員同士でありとあらゆる侮辱を浴びせて楽しむサイト。

 中には性犯罪の共謀までする者たちもおり、小説『ハヨンガ』の冒頭は男が自分の彼女を酔いつぶし、ソラネットで呼びかけて彼女の身体をほかの男たちに「差し出す」という衝撃的な場面で始まるが、これは実在事件をもとにしている。


 ネット上での悪ふざけ、ちょっとしたストレス解消にと女性を標的に言葉の暴力を浴びせまくった男たちの一部は、そのネットを通じて実際の性暴力に及んでいたのだ。


 メガリアの若い女性たちは、そんな男たちをただ罵っていただけではない。ソラネットをモニタリングし(その精神的苦痛は想像して余りある)、各国語で問題を発信し、ロビイング活動をした。学業や就職活動、仕事で大忙しの彼女たちだったが、明日は自分がソラネットの犠牲になるかもしれず、警察もまともに捜査してくれず、17年間もソラネットの存在を許している社会では、自分たちが必死で戦うほかなかったのだ。


 そして彼女たちは勝利した。ソラネットに警察の捜査が入り、サイトは閉鎖に追い込まれる。ちなみに第二のソラネットとされ、現在主犯格が裁かれている「n番部屋」事件解決に多大な貢献を果たしたのも記者志望の女子大学生たちだった。


 しかし彼女たちを称えて終わるわけにはいかない。社会は、上の世代は何をしていたのか。今、何をしているのか。若い女性たちは戦いたくて戦ったのではない。特別勇敢だったわけでもない。彼女たちに向けられる、特にネットの暴力に無関心な社会で何とか生き残ろうとしただけだ。これが対岸の火事でないことは明らかである。


 ネットに慣れない人々がネットの現状を知るのは難しいが、彼女たちがネットの外で声を上げ始めたとき、現実社会で語りかけてきたとき、誠意をもって耳を傾けてほしいと思う。


出典 公益財団法人日本キリスト教婦人矯風会発行「k-peace」

第31号「ネットで脅かされる女性の安全」 


大島さんのマンガ「主人なんていませんッ」はこちらから