咲ききれなかった花
¥2,700
著者:イ・ギョンシン
翻訳者:梁澄子
解説:北原みのり
1993年〜1997年までのあいだ、日本軍性奴隷制被害者ハルモニたちに、絵を教えていた女性がいた。
美大を卒業したばかりの20代の女性が、ハングルを教えるボランティアとして、ハルモニたちが暮らす「ナヌムの家」を訪れた日から本書ははじまる。壮絶な性被害を体験した女性たちを前に、天気の話くらいしかできない自分、無力な自分に逃げるように帰宅したあと、「自分にできることはないか」と考え、「そうだ、絵なら教えられる」と思いついたことをきっかけに、ハルモニたちとの美術の時間がうまれた。
本書は、ハルモニたちの美術の先生として共に時を過ごしたイ・ギョンシンが2018年に記した美術の時間の物語。
はじめは身の回りにあるモノを実写していく時間だった。ある日、ナヌムの家に行くと、ハルモニたちの空気が怒りに満ちていた。日本政府が「慰安婦」問題について否定したニュースが流れたのだ。美術の先生は今日は絵の授業は無理かも・・・と思いながらも、ハルモニたちにある提案をする。
そしてその提案が思わぬ方向に、ハルモニたちを、そして著者であるイ・ギョンシンさんを導くことになる。
絵を描くことが、壮絶なトラウマを抱えた人たちにとってどのような力になるのか。性暴力でうけたトラウマを治療するという概念もない時代に、美術の時間を通して自らの過去を「描いた」ハルモニたちとの時間が丁寧に描かれる。
この時間を通して数多く残された絵の背景にあった物語、またハルモニたちの活き活きとした言葉や、涙、笑いが蘇る。
〜日本読者に向けた作者の言葉〜
作者前書きから『咲ききれなかった花』が日本で出版されて、とてもうれしい。
ところが私は、序文の最初の一文を書いた後、ただただそれを見つめてばかりいた。願っていたことが目前に迫っているのに言いたいことが多すぎてかえって言葉が出ない時のように、何からどう始めればよいのか気持ちが雑然としている。
韓国と日本は地理的に近いのに、いまだに解けない歴史的な問題を抱えているからだと思う。 1991年8月14日、金学順ハルモニが「慰安婦」被害者であることを明かにし、被害者たちの証言が続くと、国中が衝撃を受けた。その後の日本軍「慰安婦」運動の成長は被害者たちの積極的な活動につながり、この問題はメディアでメインニュースとして扱われるようになった。本書で紹介する絵も、日本軍「慰安婦」問題の実相を知らせる素材としてさまざまなメディアだけでなく、教科書でも紹介された。従って、韓国人であれば誰でも日本軍「慰安婦」問題を知っている。
2018年に韓国で本書が出版された時、読者から一番たくさん聴いた感想は、「慰安婦」問題を歴史的な問題としてだけ見ていたという反省だった。ある読者は、定期的に出てくる歴史問題としてしか考えていなかったと言い、またある読者は日本軍「慰安婦」の実態があまりにむごいので目を背けていたと告白した。しかし本書を読んで、被害者という名の影に隠されたあどけない顔が見えてきて、生涯にわたり自身の人生から逃れ回るしかなかった人生を理解することができた、自身の苦痛を正面から見すえて絵を完成させていくハルモニたちの勇気を応援したくなったと語った。
著者:イ・ギョンシン
翻訳者:梁澄子
解説:北原みのり
多くの人々が日本軍「慰安婦」被害者が描いた絵のことは知っていても、彼女たちが自らの傷を表現するまでに再びなめなければならなかった苦痛や、その苦痛に耐え葛藤しながら絵を誕生させるまでに注ぎ込んだ情熱については知らなかったのだと思う。この点が、本書のもう1つの側面だ。
この本は、日本軍「慰安婦」問題という歴史を語るものではなく、その後の傷をどう癒すのかに関する本である。暴力がやんだからといって終わりではないことを、私たちはよく知っている。とりわけ性暴力はなおさらだ。
数量
ISDN
9784910276014