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ブックトーク 「ハヨンガ」の背景にある韓国フェミニズムの世界

更新日:2021年8月23日

アジュマブックスオンラインブックトーク「ハヨンガ」がつなぐ日韓フェミニズム トークイベントをテキストにしました。「ハヨンガ」の背景にある韓国フェミニズムの90年代からの話し、「ハヨンガ」に込められた思い、訳者の葛藤や気づきなどのフェミトークです。

放送:2021年6月18日アジュマブックス 出演:チョン・ミギョン(「ハヨンガ」作者・元フェミニストジャーナル「if」編集長」 ソニョン(if books編集者) 大島史子(「ハヨンガ」訳者) 深沢潮(作家) 北原みのり(アジュマブックス代表) 通訳:梁澄子




●シスターフッドの出版社「アジュマブックス」、今日は日韓のフェミ話思いきりしましょう!

北原: こんばんは。アジュマブックスの北原みのりです。

今日は作家のチョン・ミギョンさんと、「ハヨンガ」の版元韓国出版社のif booksのソニョンさん、作家の深沢潮さんと、訳者の大島文子さん、そして『咲ききれなかった花』の訳者でもある梁澄子(ヤン・チンジャ)さんが通訳をしてくださいます。今日は韓国からの参加者もたくさんいらっしゃいます。

最初にアジュマブックスの紹介をします。 私は1996年にラブピースクラブというフェミニストの視点で作った女性向けのセックスグッズショップを立ち上げ、以来25年経営してきました。25年目の今年、ずっと望んでいた出版部門を立ち上げました。そのきっかけとなったのが「慰安婦」の女性たちに絵を教えていた美術の先生が書かれた『咲ききれなかった花』とそしてこの『ハヨンガ』です。

ハヨンガに出会ったのは3年前、友人のフェミニストシンガー、チ・ヒョンにフェミニスト出版社ifブックスに連れていってもらったことがきっかけでした。面白い本がある、韓国の中で17年間ずっと続いたポルノサイトを、実際に攻撃して、無くして、国を動かしたメガリアというオンラインフェミニストたちの戦いをベースにした小説だと。これはもう絶対、日本語で読みたいと願いつづけ、それが今年、やっと叶いました。 作者のチョン・ミギョンさんは、if booksの前身の「if」という韓国初のフェミニズムジャーナルの編集長でもあります。今日はまずチョン・ミギョンさんに、韓国のフェミニズムの90年代から今までの歴史を伺います。チョン・ミギョンさん、今日はよろしくお願いします。

チョン・ミギョン:はじめまして。日本の読者の皆さん。『ハヨンガ』作家のチョン・ミギョンです。『ハヨンガ』が日本で出版されて、どんなに嬉しいか分かりません。 女性を対象にするデジタル性犯罪は国際的に人権への暴力です。さらに外見が同じようという理由で、韓国と日本の制作物は国境を超えて消費されています。

女性の身体を同意なしに動画に表するあらゆる行為は性的搾取であり、女性を死に追いやる社会的な殺人だと思います。こういう過激な言葉を使うしかありません。被害者たちの苦しみはどの言葉でも説明ができないからです。

韓国の読者たちはこの小説を最後まで読み上げることが大変だったと言います。重苦しい真実に直面することが、やさしいはずがありません。 しかし私たちがその真実から目をそらしたら、被害者たちの苦しみは私たちのことになるかもしれません。女性がどの社会に住んでも、安全に尊敬されながら、人間らしさを実現できるようにする、その目標を目指して、韓国と日本の女性たちが一緒に進んでいけば良いと思います。

もう一度日本の読者の皆様に感謝します。ありがとうざいます。

 

●「女性の欲望を明かにする」。それが韓国第3世代、90年代に生まれたフェミニズムでした。

チョン・ミギョン:まずはフェミニスト・ジャーナルifについて、ご紹介します。 私が4人目の編集長を務めた雑誌であり、韓国で初めてフェミニスト・ジャーナルという看板を掲げたたいへん勇敢な雑誌でした。

フェミニスト・ジャーナルifは1997年の夏号から始まり、2006年の春に完刊号、「完成」したということで「閉刊」とは言いません。完刊号まで10年間、合計36号発行した季刊雑誌です。

創刊号では「知識人男性のセクハラ」をテーマに特集を組みました。なぜそういう特集を組んだのかと言いますと、李文烈(イ・ムニョル)という男性作家がいるのですね。

この人は、超ベストセラー作家、韓国の大作家で、彼の本を持っていると、それは知識人の印と言われるような、そしてオピニオンリーダーでもある。この人が『選択』という作品の中で、伝統という名のもとに、女性を猛烈に嘲笑うという、そういうことをやってのけたのですね。

社会から尊敬される知識人男性のセクハラをテーマにしたというのは、もうちょっと広い意味でいうと、当時の社会文化的な流れを主導する知識人男性たちの根深い女性嫌悪と、女性卑下をターゲットとして、それと戦うという第一歩だったと言えます。

この創刊号に載せた文を紹介したいと思います。


「フェミニスト・ジャーナルif創刊にあたって。女性は長い間、男性の欲望と男性の快楽の対象に過ぎなかった。今、女性は自らが自らの主人になって、女性とは何かという問いを改めて始めなければならない。私たちは誇らしく宣言する。ifはフェミニスト・ジャーナルである」


その後もいろいろな特集を組みました。 「オーガニズムを求めて」という特集がありました。これは女性自らが自らのオーガニズムを求めて旅をするという特集です。 「家父長制との全面戦」という特集もありました。これはフェミニスト・アーティストたちの作品を紹介して、蹂躙された女性たちについて、特集を組むというものでした。 「今、私たちは堕胎について語る」という特集もありました。韓国は非常に保守的な社会ですから、妊娠中絶に関してはタブー視する雰囲気がありました。ですから女性たちは、妊娠中絶の経験を話すことができなかった。そういう中でifが初めてこれを公にしたと言えると思います。 「子供を産みたくない」という特集もありました。韓国も少子化が問題になっていて、これは国家的な危機だという風に、これまでのメディアですとか、政界は言ってきたわけですね。ここで私たちは出産ストライキという言葉を初めて使いました。女性たちがこれに対して積極的に自分たちの意見を物申すという特集を初めて組ました。

ifはこういう特集を組むと、すぐに他のメディアに扱われて、記事化されて、また社会的な話題にもなりました。 このように大きな関心を買ったifですけれど、実は私たちは非常に楽しくフェミニズムをやりたい、語ろうという、楽しいフェミニズム、愉快なフェミニズムというのを志向していました。 ifというのは、女性の欲望というのを明らかにするというコンセプトだったんです。これまで犠牲とか献身の象徴だった「母」というイメージとは違う、女性が本来持っている、女性たちが本当に望んでいることとは何なのか? ということを、その中にある女性たちの悲しみとか、涙といったものを出しながらも、それを愉快で楽しいフェミニズムに転換させることで、世の中をひっくり返そうとしたのですね。

私がifで仕事していた時代は、韓国のフェミニズムの流れから言いますと、第三世代に位置すると言っていいと思います。当時は各大学に「総女性学生会」できて活動していた時代ですし、またソウル女性国際映画祭が開幕した時期でもありました。そういった日常の中で、性平等を志向する様々な女性主義、フェミニズムの文化的な流れというのが作られていった時代です。


 

●第1世代フェミニズムから江南事件、デジタル性暴力まで

チョン・ミギョン:では韓国フェミニズムの第一世代というのは一体、いつなのか? 1920年代から30年代、当時全世界的に「新女性」というのが現れていたその時代に、やはり韓国でも近代女性主義の第一世代と言える人々が現れて活動しました。

それから第二世代と言えるのは1970年代から80年代の労働運動です。労働者の解放を通して女性解放を唱えた、女性労働者運動というのが第ニ世代と言えます。

そして2016年に一つの事件が起きます。これは『ハヨンガ』とも関係している事件です。地下鉄の江南駅というところで殺人事件が起きます。地下鉄の江南駅近くの建物のトイレの中に、ある男性が潜んでいて、不特定の女性をナイフで切って殺害したという事件です。 この殺人を犯した男性というのは、そのトイレの中に隠れていて、最初に3、4人の男性が先に入ってくるわけですね。しかしその3、4人の男性はそのまま見逃して、次に入ってきた女性を殺害したわけです。

このことを通して女性たちは、これは女性嫌悪の犯罪なのだ、ミソジニー犯罪になのだ、ということで、20代から30代の女性たちが、それこそ野火のように立ち上がって、新しい女性主義、フェミニズムのアクションを展開しました。その時に、その殺された女性は私なんだ、というハッシュタグをつけた運動を展開したのですね。

そして、それと同じような時期にデジタル性暴力の問題が起きます。 これは年齢・職業に関係なく、社会の隅々まで行き渡る犯罪でした。デジタル性暴力によって自ら命を絶つような女性がいたり、また非常に深刻な暴力に苛まれる女性がいる、ということが大きくニュースに出るようになりました。

そこで、このデジタル性暴力を根絶するための活動というのが始まりました。このデジタル性暴力も女性嫌悪の表れだという風に考えて、女性たちが活動をはじめたのです。 2016年以降のこういった動きを韓国フェミニズムの第四の波という風に見ることができると思います。

※江南事件で#MeToo #WithYouのポストイットはその後、女性家族省の図書館で展示され保管された(2019.8月時点)

 

●SNSから女が消されようとしていた。露骨なオンライン・フェミサイドと闘ったメガリアとの出会い

チョン・ミギョン:私が勤めていたifブックスが、メガリアで活動したオンライン・フェミニストたちの活動について収録した記録を出版することになったんですね。そこで私がその編集を担当することになりました(2021年9月「根のないフェミニズム」としてアジュマブックスから日本語刊行予定)。

私がそういう女性たちと出会って非常に驚いたのは、あのサイバー空間で、女性差別と女性嫌悪が、オフラインよりもオンラインで、余計に露骨に行われているという事実でした。

もう一つは、数多くの女性たちがそういったセクハラ的な発言に対して、不愉快だというような反応を少しでも見せただけで、「フェミ」と烙印を押されネット上で叩かれ、駆逐されオンライン上の活動ができないようにされていく。そういうことが起きていました。

オンライン上で活動している女性たちは、男性の名前を名乗って活動する方が楽だという風に言っていました。こういった女性たち、そういった雰囲気に抵抗した人たちの名が、まさにメガリアだったわけです。メガリアというのは新しいサイバー領土、サイバー上の領土を作ろうとする運動でした。その領土に、新たに作った領土に、市民たちを結集させようとしました。

メガリアとは新しいフェミニストたちの運動だったんですが、私が非常に驚いたのは、ミソジニーの現実という苦しい中で、絶対に攻撃に屈せず、積極的に抵抗し、女性たちが連帯して運動をした、その女性たちの爆発力が与える感動が、現実に残酷さに対する驚きよりも、私にとっては非常に大きかったと言えます。

 

●韓国#MeTooを牽引するオンラインフェミニスト集団「メガリア」の戦い

チョン・ミギョン:メガリアの運動はミラーリングと言って、これはこの運動方式自体が大変な議論を呼んだものでした。つまり、女性嫌悪的な発言を嫌悪するということなんですね。つまりこれまでの性差別的、また女性嫌悪的な言語を男性たちに逆にぶつけるというやり方ですね。

これに対して男たちは非常に憤慨しました。でもメガリアの運動を通して見えてきたのは、実は女性たちがこういう女性嫌悪的な発言に対して慣らされてしまっていた事実です。

そしてメガリアたちの活動の対象の中心にソラネットがありました。

ソラネットというのは想像を絶する女性搾取の現場でした。しかし男性たちにとってはよく知られていた世界でした。これをメガリアは、オンライン上でソラネットのユーザー男性を晒しつづけるという活動を行い、ついにはこのソラネットを閉鎖させました。

また最近のフェミニズムで、MeToo運動を外すことはできません。 MeToo運動は性暴力の被害者たちがSNSを通して告発をしていく運動でした。オンライン・フェミニストたちがハッシュタグを付けて、#○○性暴力という形で、その○○の中に、組織の名前を入れて、告発をする。その組織の中には、文化芸術界、例えば大学とか学校とか、様々な組織が、性暴力について告発されることになりました。

皆さんもよくご存知かもしれませんが、映画監督のキム・ギドクさんとか、詩人のコ・ウンさんなど、世界的に有名だと言われている男性芸術家たちが#MeTooで告発されました。どれほど長いこと、彼らが女性の体を搾取し、また女性のアイディアを搾取して、世界的に有名になってきたのかということが告発されました。また、さらに50年前の親族性暴力、親族による性暴力がやっと告発されるというようなことも起きました。

この#MeToo運動は韓国社会全般にはびこっていた性暴力を告発しました。どれほどこの社会に悲惨な状況があったのかということに対する驚きもありましたが、しかしそういった驚き以上に、そういう性暴力を受けて苦しんでいる人たちの声を聞く、そしてそれに共感する耳ができたということ、このことが大変大きな意味があったと思います。 こういう耳を作り出したのの1つに、先ほど紹介したメガリア、ソラネットを廃止まで追い込んだオンラインのフェミニズム運動があったと思います。こういったオンライン・フェミニズム運動が韓国社会を大きく変えたと思います。


※メガリアのマークは男性の小さなペニスをあざ笑う指の形になっている。こういった戦いには常に賛否両論がつきまとったが、そもそも「そのような」侮辱を女性に繰り返してきた男性たちの振る舞いよりもなぜフェミニストが攻撃されるのかという問題を、メガリアは社会につきつけた。